本章はObjective Camlに備わっている副作用を伴う機能を概観する。
Objective Camlプログラムの実行は式を値に評価する過程であった.
副作用とは、式の評価中に起こる「なにか」であり、
代入、ファイルへの入出力などがその一例である。
副作用を伴わない式は何度評価しても結果は不変であり,また,式をその評価結果の値
で置換えてもプログラムの挙動は変化しない.
一方,副作用を伴う式は,評価する度に違った結果が得られる可能性があり,
評価結果でその式を置換えてしまうとプログラムの
挙動が変わってしまう。そのため,副作用を伴うプログラムの挙動はしばしば推論
しにくくなる。
副作用を伴う関数の一例は,端末への表示を行う関数 print_string である.
# print_string "Hello, World!\n";;
Hello, World!
- : unit = ()
ここでは,副作用として引数の文字列が標準出力(端末画面)へ書き出されている.
また,この関数は返り値として () を返している.このように,
副作用自体に意味があり計算結果としては重要な値を伴わない関数は,典型的には
unit型を返す関数として表現される.
(Objective Caml では基本的に全てのプログラム中の式は何らかの値を返す.
命令型言語におけるコマンドもこのような関数として表現されている.)
また,関数 read_line は,引数 () で呼ばれると,
端末からの入力を待ち,その結果を文字列として返す.
# read_line ();;
foo ⇐ キーボードからの入力
- : string = "foo"
キーボードからの入力がかわる度に同じ式 read_line () の返す値は
変っていく.そのため,副作用を伴う式については,いつ評価されるかを
常に頭にいれてプログラムしなければならない.
7.1 参照、更新可能レコードと配列
ここまで見たプログラムでは一度作成したデータを更新する手段は与えられていな
い.Objective Caml にはいくつかの更新可能なデータ構造が用意されている.参照(references),更新可能レコード(mutable records),配列(array)である.
Objective Caml における参照の概念はほぼメモリアドレスと考えることができ,
C における変数,ポインタなどに対応する.参照の値はその
アドレスが指す先にデータを格納しており,代入操作によって
その内容を書き換えることができる.t 型の値への参照値は
t ref 型が与えられる.
参照の生成は ref 関数で行う.ref 関数は参照先に格納する初期値を
引数としてとり,それを格納したアドレスを返す.(ただし,実際のアドレスの
数値が観察できるわけではない.)
この関数は通常の数学的な意味の関数とは違い,read_line のように
呼び出す度に新しい値(アドレス)を返す.参照から格納された値を取出すには
前置オペレータ ! を使用する.また,代入式
〈 式1 〉 := 〈 式2 〉
は〈 式1 〉を評価した結果の参照に
〈 式2 〉の評価結果を代入するものである.
右辺の型が t であるときには,左辺の型は ref t でなければならない.
代入式自体は代入という副作用を起すだけで,その結果は常に()である.
以下は簡単な参照を使った例である.
# let p = ref 5 and q = ref 2;;
val p : int ref = contents = 5
val q : int ref = contents = 2
# (!p, !q);;
- : int * int = (5, 2)
# p := !p + !q;;
- : unit = ()
# (!p, !q);;
- : int * int = (7, 2)
参照を理解する上で大事なのは,格納されている値とそれのアドレスを区別するこ
とである.代入式は左辺のアドレスの内容を右辺の値で
書き換える.! が必要なのも,この区別をはっきりさせるものと思えば良い.
C などの代入文では,i = j と書いたときに,左辺は暗黙のうちに変数 i の
アドレスをさし,右辺の j は変数 j の内容を指し示している.
参照値はデータ構造に格納することもできる.
# let reflist = [p; q; p];;
val reflist : int ref list = [contents = 7; contents = 2; contents = 7]
# p := 100;;
- : unit = ()
# reflist;;
- : int ref list = [contents = 100; contents = 2; contents = 100]
代入操作が reflist の出力結果に変化を与えていることに注意.
ただし,reflist の3要素の値(アドレス)が変化したのではなく,
その指し示す値が変っただけであることに留意せよ.このように
同じ参照が複数個所で使用されることによって,ある場所での代入が
別の場所に影響をおよぼすことをエイリアシング(aliasing)といい,
命令型言語のプログラミングで頭を悩ませる種の一つである.
また,参照の参照を考えることもでき,Cにおけるポインタのように扱うことができる.
# let refp = ref p and refq = ref q;;
val refp : int ref ref = contents = contents = 100
val refq : int ref ref = contents = contents = 2
# !refq := !(!refp);;
- : unit = ()
# (!p, !q);;
- : int * int = (100, 100)
これまでみたレコードではフィールドの値は更新できなかった.with を
用いても,新しいフィールドを使った新しいレコードを生成していた.
実は,Objective Caml のレコードはフィールド毎に更新可能かどうかを指定することができ
る.更新可能フィールドには型宣言時に mutable キーワードを用いる.
# type teacher = {name : string; mutable office : string};;
type teacher = name : string; mutable office : string;
# let t = {name = "Igarashi"; office = "140"};;
val t : teacher = name = "Igarashi"; office = "140"
フィールドの更新は,
〈 式1 〉.〈 フィールド名 〉 <- 〈 式2 〉
という形で,〈 式1 〉の値であるレコードの〈 フィールド名 〉フィー
ルドの内容を 〈 式2 〉 で置換える.
# t.office <- "142";;
- : unit = ()
# t;;
- : teacher = name = "Igarashi"; office = "142"
配列は同じ種類の値の集合を表すデータという意味ではリストと似通っているが,
長さは生成時に固定であり,どの要素にも直接(先頭から順に辿ることなく)アクセ
スできる.また,各要素を更新することができる.配列には,要素型を t とし
て t array という型が与えられる.配列の生成,要素の参照,更新はそれぞれ,
[|〈 式1 〉; 〈 式2 〉; ...; 〈 式n 〉|]
〈 式1 〉.(〈 式2 〉)
〈 式1 〉.(〈 式2 〉) <- 〈 式3 〉
という形で行い,n 要素の配列で初期値がそれぞれ 〈 式i 〉である
もの,配列〈 式1 〉の 〈 式2 〉番目の要素,
配列〈 式1 〉の〈 式2 〉番目の要素を〈 式3 〉で
更新,という意味である.配列の大きさを越えた整数で要素にアクセスすると
Invalid_argument という例外が発生する.
第4章で多相性について延べたときに,Objective Caml では多相性
は値多相,すなわち let で名前が与えられる式 (let x = ... の ...
部分) が値であるときのみ,その変数(x)が多相的に使えることを見た.こ
こでは,その制限の理由を説明する.
まずは,値多相の制限がなかったと仮定してみよう.以下は仮想の Objective Caml セッショ
ンである.まずは空リストへの参照を定義する.
# let x = ref [];;
val x : 'a list ref = {contents=[]}
参照 x に格納されているのは空リストであるので,その
内容は様々な要素と cons できる.
# (2 :: !x, true :: !x);;
- : int list * bool list = ([2], [true])
また,どんなリストでも代入できるはずである.
# x := [1];;
- : unit = ()
しかし,先ほどは正しかった式 true :: !x が,なんと今回は true
を [1] に cons しようとしてしまう.
# true :: !x;;
??
この現象は,ただ単にlet で定義される右辺の式の型に ref が
入っているから,というわけではない.例えば,以下のようなプログラムで
上と同様なことができてしまう.
# let (get, set) =
let r = ref [] in
((fun () -> !r), (fun x -> r:=x));;
val get : unit -> 'a list = <fun>
val set : 'a list -> unit = <fun>
# 1 :: get ();;
- : int list = [1]
# "abc" :: get ();;
- : string list = ["abc"]
# put ["abc"];;
- : unit = ()
# 1 :: get ();;
??
このようなプログラムが良くない理由は,右辺が参照を生成するような式
であり,かつ,生成される参照の型に型変数が含まれているためである.
このような場合,let の後で型変数が複数の型に具体化されてしまう
ことで,参照に格納した値が別の型として取り出されてしまうことになる.
似たような議論が更新可能レコード・配列に対しても可能である.
この事態を防ぐために Objective Caml (及び Standard ML) では,右辺の式が参照
(更新可能レコード・配列)を生成しないことがわかっている時に,多相性を許
すことにしている.与えられた式が実行の過程で参照を生成するかどうかは
(チューリングマシンの停止性判定と同じく)決定不能なので,保守的な十分条
件として「右辺が,参照を生成しないどころか,そもそも計算自体発生するこ
とのない,値であること」という条件を採用している.これが値多相の由来で
ある.ここで,値とは
-
変数
- 整数や文字列などの定数
- fun, function などの関数 (匿名関数に限らず
let f x = ... として定義されたものも関数である.)
- コンストラクタを値に適用したもの,各要素が値であるレコード/組
などである.値ではないものは
-
関数適用,特に ref の適用
- if, match 式
などである.
多相性と参照の問題は,ML の発明以来,値多相に限らずいろいろな解決策が
議論されてきているが,未だに皆が納得するものは得られていない.
7.1.5 Case Study: オブジェクト指向風プログラミング
Java などのオブジェクト指向プログラミング言語における
オブジェクトとは
内部状態が隠蔽されたデータ と それを操作するメソッド(群)
の組であると考えることができる.Objective Caml自体に,そのような
オブジェクトを定義する仕組みがあるが,ここでは,これまでに
学んだ機構を使ってオブジェクトを模倣してみよう.
まず,以下のような(一次元)点オブジェクトを考える.
-
内部状態は(整数)座標値 x.
- 座標値を取り出すための get メソッド
- 座標値を更新するための set メソッド
- 座標値を +1 するための inc メソッド
このために,オブジェクトのインターフェースとなる型を
メソッドのレコード型として定義する.名前の最後の I は
インターフェースであることを示している.
# type pointI = {get: unit -> int; set: int -> unit; inc: unit->unit};;
type pointI = get : unit -> int; set : int -> unit; inc : unit -> unit;
点オブジェクトは以下のように定義できる. “メソッド呼び出し” は
レコードの要素を適用することで,実現できる.
# let p =
# let x = ref 0 in
# let rec this () =
# {get= (fun () -> !x);
# set= (fun newx -> x:=newx);
# inc= (fun () -> (this ()).set ((this ()).get () + 1))} in
# this ();;
val p : pointI = get = <fun>; set = <fun>; inc = <fun>
# p.get();;
- : int = 0
# p.inc();;
- : unit = ()
# p.get();;
- : int = 1
inc メソッドは自分自身の set と get を組み合わせて実装している.
自分自身のメソッドの呼び出しは再帰を使って実装しており,this は「自
分自身のメソッドの組」を表現している.その意味からは this は pointI 型
のレコードとなるのが理想だが,ここでは再帰的に定義している関係で
unit -> pointI という関数として定義している.よってメソッド内で
使用するときには this () という形でレコードを求めてから
.get などでメソッドを得ている.
さて,クラスはオブジェクトを生成するためのメソッド実装であるから,
近似的には初期状態を引数としてオブジェクトを返す関数と思える.
# let pointC x =
# let rec this () =
# {get= (fun () -> !x);
# set= (fun newx -> x:=newx);
# inc= (fun () -> (this ()).set ((this ()).get () + 1))} in
# this ();;
val pointC : int ref -> pointI = <fun>
# let new_point x = pointC (ref x);;
val new_point : int -> pointI = <fun>
# let p = new_point 2;;
val p : pointI = get = <fun>; set = <fun>; inc = <fun>
# p.inc(); p.get();;
- : int = 3
関数 new_point はコンストラクタのような働きをしている.
このようにして,継承などもある程度プログラミングできる.例えば,
点オブジェクトを継承により拡張して色のついた点オブジェクト
(新しいメソッドとして,getcolor というメソッドを考える)を,
継承するメソッドを二度記述することなく,再利用するように定義
することも可能である.ただし, Objective Caml の制限から同じフィールド名を別
のレコード型のものとして同時には使えない1ので,別のメソッド名にする必要があり,煩雑になってくる.
最初の説明でも触れたように,副作用を伴う計算は,副作用の起こる順番に気をつけ
てプログラミングしなければならない.例えば,以下のようなプログラム
# let x = print_string "Hello, " in
# print_string "World!\n";;
Hello, World!
- : unit = ()
で,思ったとおりの出力が得られるのは,x が束縛される値の計算(と,そ
れに伴う副作用)が in 以下の計算よりも前に起こるためである.Objective Caml
で特に注意が必要なのは,関数呼出しなどの複数の引数の評価順序である.
# let f x y = 2 in
# f (print_string "Hello, ") (print_string "World\n");;
World
Hello, - : int = 2
# (print_string "Hello, ", print_string "World\n");;
World
Hello, - : unit * unit = ((), ())
現在の実装では,後ろの引数から順に評価が行われるが,Objective Caml の仕様としては
未定義なので,引数の計算に副作用を伴うときには,let などを用いて
計算順序をプログラム中に明示的にするべきである.
Objective Caml では,命令型言語に見られるような制御構造がいろいろ用意されている.
まず,上のプログラムのような「コマンド列」を表現するための
機能として,
〈 式1 〉; 〈 式2 〉; ⋯; 〈 式n 〉
という形の式が用意されている.この式全体は,〈 式1 〉
から順番に評価を行い,〈 式n 〉 の値を全体の値とする.
また,途中の式の結果は捨てられてしまうので,
〈 式n−1 〉 までの式は通常は副作用を伴うものである.
Objective Caml では,〈 式i 〉 (i < n) が unit型でない
場合には warning を発行する.() でなく,意味のある値を返す式の値を捨
ててしまうのはバグであることが多いのからである.
プログラマが,値が要らないことを確信している場合は,ignore 関数をつ
かって,明示的にそのことを示すことが推奨される.
# ignore;;
- : 'a -> unit = <fun>
# let print_hello () = print_string "Hello, "; 0;;
val print_hello : unit -> int = <fun>
# print_hello (); print_string "World";;
Characters 0-14:
Warning: this expression should have type unit.
print_hello (); print_string "World";;Hello, World- : unit = ()
# ignore (print_hello ()); print_string "World\n";;
Hello, World
- : unit = ()
また,ループのための式として,while式,for式が用意されている.
while式は
while 〈 式1 〉 do 〈 式2 〉 done
という形で,bool型の式〈 式1 〉の評価結果が false になるまで
〈 式2 〉 の評価を行う.式全体は () を返す.
for式は
for 〈 変数名 〉 = 〈 式1 〉 to 〈 式2 〉 do 〈 式3 〉 done
もしくは
for 〈 変数名 〉 = 〈 式1 〉 downto 〈 式2 〉 do 〈 式3 〉 done
という形で,まず〈 式1 〉,〈 式2 〉を整数 n, p
に評価する.その後,〈 変数名 〉をn, n+1, …, p (downto の場
合は n, n−1, …, p)の順に束縛して 〈 式3 〉を評価する.
〈 変数名 〉の有効範囲は〈 式3 〉である.式全体の値は () で
ある.
これらのループを表現する式は,副作用を伴わないとまったく意味がないことに注
意すること.副作用がなければ,while の繰り返し条件の式は常に
同じ値を返すし,for 式も計算をいくらか繰り返して () を返すだけである.
以下はキーボードから入力された行を二つつなげて画面に出力し返す
関数である.終了にはピリオドだけからなる行を入力する.
# let parrot () =
# let s = ref "" in
# while (s := read_line (); !s <> ".") do
# print_string !s;
# print_endline !s;
# done;;
val parrot : unit -> unit = <fun>
print_endline 関数は引数の文字列に改行をつけて出力するための
関数である.
例外(exception)は、計算を進めていく過程でなんらかの理由で計
算を中断せざるをえない状況を表現するための仕組みである。なんらかの理由
の例としては、0での除算、パターンマッチの失敗、ファイルのオープンの失
敗、など典型的には実行時エラーの発生した状況が多い。基本的には例外が発
生すると残りの計算をせずに中断して値を返さず実行を終了してしまう。(イ
ンタラクティブコンパイラでは入力プロンプトに戻る。) 例外発生は Objective Caml
式がその型の値を返さない唯一の例である。
以下は例外を発生する式である。2番目の式はファイルを開くための関数が呼び出さ
れているが,ファイルがないという例外が発生している.最後の式では、4 / 0
の結果の出力だけでなく残りの計算である文字列の出力が行われずに実行が中断さ
れていることがわかるだろう。
# hd [];;
Exception: Match_failure ("", 66, 7).
# open_in "";;
Exception: Sys_error ": No such file or directory".
# print_string (string_of_int (4 / 0)); print_string "not printed";;
Exception: Division_by_zero.
それぞれ、パターンマッチングが失敗したことを示すMatch,
OSに対するシステムコール関連のエラーが発生したことを示すSys_error,
0での除算が発生したことを示すDivision_by_zero,
が発生している。また、いくつかの例外では例外の名前のあとにObjective Camlの
値が付加されて例外に関する詳しい情報を提供している。
Objective Caml では、プログラマが新しい例外を宣言、その例外を発生させることがで
きる。また、例外の発生をプログラム中で検知し、中断される前に処理を再開
することができる。
7.3.1 exception 宣言とraise 式
新しい例外の宣言は exception 宣言で行う。
# exception Foo;;
exception Foo
例外の名前は、ヴァリアント型のコンストラクタと同様、英大文字で
始まらなければならない。例外を発生させるのは raise 式で行う。
# raise Foo;;
Exception: Foo.
raise 式は、値を返さずに例外を発生させるので、任意の場所で
用いることができる。別の言い方をすると raise 式には任意の型
が与えられる。下の関数定義の例では、raise Foo 式が
真偽値や整数の必要な場所で使われていることがわかるだろう。
# let f () = if raise Foo then raise Foo else 3;;
val f : unit -> int = <fun>
先に見た、Sys_error のような値を伴う例外は、宣言時に
何の型の値を伴うかも宣言しなければならない。以下は整数を
伴う例外の宣言と raise の例である。
# exception Bar of int;;
exception Bar of int
# raise (Bar 2);;
Exception: Bar 2.
Objective Camlでは(raise で発生させる前の)例外には exn 型が与えられ、
第一級の値として関数に渡したり、データ構造に格納することができる。
別の見方をすると,exception 宣言により,新しいコンストラクタが
exn 型に追加されることになる.
またヴァリアント形と同様にパターンマッチで、例外コンストラクタが
適用された値を取り出すことができる。
# let exnlist = [Bar 3; Foo];;
val exnlist : exn list = [Bar 3; Foo]
# let f = function
# Foo -> 0
# | x -> raise x;;
val f : exn -> int = <fun>
# f Foo;;
- : int = 0
# f (Bar 4);;
Exception: Bar 4.
標準ライブラリの例外
その他の,いくつかの定義済の例外を紹介しておく.
Invalid_argument, Failure は文字列を伴う例外で,
いくつかのライブラリ関数で発生する.前者は関数引数が意味をなさない場合,
後者は関数引数は正しいが何らかの理由で計算が失敗した場合に発生する.
Not_found は探索を行う関数で,探索対象が見つからなかった場合に
発生させるものである.
End_of_file はファイルからの入力関数がファイルの終端に到達した場合に
発生する.
例えば,assoc 関数(5.3節参照) は
以下のように定義するのが,より「Objective Camlらしい」定義である.
# let rec assoc a = function
# [] -> raise Not_found
# | (a', b) :: rest -> if a = a' then b else assoc a rest;;
val assoc : 'a -> ('a * 'b) list -> 'b = <fun>
# assoc "Osaka" city_phone;;
- : string = "06"
# assoc "Nara" city_phone;;
Exception: Not_found.
また定義済の関数として,例外を発生させるだけの関数,invalid_arg,
failwith なども用意されている.
# failwith "foo";;
Exception: Failure "foo".
式の評価中に起こる例外は、その種類がわかる場合には、try式で、
検知して後処理を行うことができる。try 式の一般的な形は、
match式と似ていて、
try 〈 式 〉 with
〈 パターン1 〉 -> 〈 式1 〉
| ...
| 〈 パターンn 〉 -> 〈 式n 〉
となる。まず、〈 式 〉を評価し、例外が発生しなければ
その値を全体の値とする。評価途中で例外が raise された
場合には、順にパターンマッチを行っていき、マッチした時点で
〈 式i 〉を評価し、try式全体の値となる。
何もマッチするものがなかった場合には、もともと発生した
例外が再発生する。try 式の値は、〈 式 〉, 〈 式1 〉,
..., 〈 式n 〉 のいずれかになるので、これらの式の型は
一致していなければならない。
# try 4 + 3 with Division_by_zero -> 9;;
- : int = 7
# try 1 + (3 / 0) with Division_by_zero -> 9;;
- : int = 9
# try 1 + (3 / 0) with Sys_error s -> int_of_string s;;
Exception: Division_by_zero.
# let query_city_phone c =
# try assoc c city_phone with Not_found -> "999";;
val query_city_phone : string -> string = <fun>
# query_city_phone "Osaka";;
- : string = "06"
# query_city_phone "Nara";;
- : string = "999"
例外の検知は,エラー処理の観点からだけではなく,より効率的な
実行のために用いることもできる.たとえば,整数のリストの要素の
積を計算するプログラムを考えてみる.もっとも素朴には,
# let rec prod_list = function
# [] -> 1
# | n :: rest -> n * prod_list rest;;
val prod_list : int list -> int = <fun>
# prod_list [2; 3; 4];;
- : int = 24
# prod_list [4; 0; 2; 3; 4];;
- : int = 0
と定義することができる.しかし,この定義は,リストに 0 が含まれて
いた場合でも,リストの最後まで律儀に計算してしまい無駄である.
次の定義は 0 が出現したら 0 を返すようにして,0 以降の積を
計算しないようにしているが,0 以前の要素と 0 との積を取っている
という無駄がある.
# let rec prod_list = function
# [] -> 1
# | 0 :: _ -> 0
# | n :: rest -> n * prod_list rest;;
val prod_list : int list -> int = <fun>
0 が出現した場合に,一度も掛け算をしないようにする
方法として,option 型を用いる方法がある.
# let rec prod_list_aux = function
# [] -> Some 1
# | 0 :: _ -> None
# | n :: rest ->
# (match prod_list_aux rest with None -> None | Some m -> Some (m * n));;
val prod_list_aux : int list -> int option = <fun>
# let prod_list l = match prod_list_aux l with None -> 0 | Some n -> n;;
val prod_list : int list -> int = <fun>
# prod_list [2; 3; 4];;
- : int = 24
# prod_list [4; 0; 2; 3; 4];;
- : int = 0
ここでは,リストに 0 が出現したことを None で表現している.たしかに,
0 が出現したら,残りのリストの積を計算せずに終了しているのだが,
プログラム的にはあまり美しくない.これを例外を利用して,
None を返す代わりに例外を発生させるようにしたのが最後の定義である.
# exception Zero_found;;
exception Zero_found
# let rec prod_list_aux = function
# [] -> 1
# | 0 :: _ -> raise Zero_found
# | n :: rest -> n * prod_list_aux rest;;
val prod_list_aux : int list -> int = <fun>
# let prod_list l = try prod_list_aux l with Zero_found -> 0;;
val prod_list : int list -> int = <fun>
# prod_list_aux [2; 3; 4];;
- : int = 24
# prod_list_aux [4; 0; 2; 3; 4];;
Exception: Zero_found.
# prod_list [2; 3; 4];;
- : int = 24
# prod_list [4; 0; 2; 3; 4];;
- : int = 0
このように例外は大域ジャンプに相当することを実現することができ,うまく
使うとプログラムの最適化,可読性の向上にも役に立つ反面,乱用するとプロ
グラムの制御の流れが分かりにくくなる危険性もあるので注意して使おう.
7.4 チャネルを使った入出力
Objective Caml には、最初に見た print_string 以外にも様々な入出力用の関数が用意さ
れている.
標準入出力,標準エラー出力関連の関数
print_char, print_string, print_int, print_float, print_endline,
print_newline は標準出力(通常は端末画面)に引数を書き出す関数である.
それぞれ,引数の型が異なったり,末尾の改行の出力機能がついていたりするが,
基本的な動作は同じである.
print を prerr に変えれば,標準エラー出力に書き出す関数になる.
また,標準入力(通常はキーボード)から読み込みを行う関数に,read_line,
read_int, read_float がある.
ファイル操作とチャネル
Objective Caml では入出力先を表現するのにチャネルという抽象的な概念を用いている.
チャネルは通信路のことで,ここに向かって書き出したり,ここから
読み込みを行うことで,その先につながった何か(ファイル,ディスプレイ)
に書き込んだりすることができる.チャネルはさらに,入力用,出力用の
ものにわかれており,Objective Caml ではそれぞれ,in_channel 型,out_channel 型
として定義されている.また,標準入力などは定義済の値として用意されている.
# (stdin, stdout, stderr);;
- : in_channel * out_channel * out_channel = (<abstr>, <abstr>, <abstr>)
チャネルに対する入出力には,input_char, input_line, output_char,
output_string などの関数で読み書きを行う.
また,ファイル名から新たなチャネルを生成することもできる.
出力用のチャネルは open_out,入力用のチャネルは open_in 関数で
得ることができる.どちらも,ファイル名の文字列を引数として受け取る.
また,使い終わったチャネルは close_out, close_in 関数で
閉じなければならない.
その他の入出力関数については,マニュアルの 18 章を参照されたい.
7.5 Objective Caml の文法について補足
いくつか,文法について補足しておく.以前に見たように演算子には
優先順位がついていて強いものから結合し部分式を構成する.
例えば ; は if よりも結合が弱いので,
if false then print_string "a"; print_string "b";;
は
(if false then print_string "a"); print_string "b";;
と同じ意味である.また,
if false then print_string "a"; print_string "b" else ();;
は文法エラーになってしまう.(; まで読んだ時点で if 式が終わったと
判断してしまうためで先にある else はみてくれない.)
分かりにくいのは,if など複数のキーワードから構成され,同じ優先度を
持つ式が入れ子になった場合である.基本的には Objective Caml の文法で let,
if, match, try, function, fun のように,終端を示すキーワード
がないものは,できる限り先まで含めて式の一部であるように読まれる.例え
ば,
if a then if b then c else d
は
if a then (if b then c else d)
のことである.内側の if が右にできる限り伸びようとしているのがわかる
だろう.
また,match の入れ子,練習問題にある match と try の組合わせは
要注意である.
match e with
A -> match e' with B -> ... | C -> ...
| D -> ...
は D の分岐も内側の match の一部として考えられてしまうので,
D が外側の match であるようにするには以下のように括弧が必要である.
match e with
A -> (match e' with B -> ... | C -> ...)
| D -> ...
練習問題の try式も括弧がないと最後の | _ -> 以降が try 式の
一部と見なされてしまうのである.
第4週の優先順位の表と上のルールで,一見して明らかでない部分式の結合
はわかるはずである.(プログラムが見にくくならない程度に括弧をつけるの
もよい習慣である.)
Exercise 1 ref 型の値の表示を見て気づいている人もいるかもしれないが,ref 型は
以下のように定義された1フィールドの更新可能なレコードである.
type 'a ref = { mutable contents : 'a };;
関数 ref, 前置オペレータ !,中置オペレータ := の定義を,
レコードに関連した操作で書け.
Exercise 2 与えられた参照の指す先の整数を1増やす関数 incr を定義せよ.
# let x = ref 3;;
val x : int ref = contents = 3
# incr x;;
- : unit = ()
# !x;;
- : int = 4
Exercise 3 以下で定義する funny_fact は再帰的定義(rec)を使わずに階乗を計算している.
どのような仕組みで実現されているか説明せよ.
# let f = ref (fun y -> y + 1)
# let funny_fact x = if x = 1 then 1 else x * (!f (x - 1));;
val f : (int -> int) ref = contents = <fun>
val funny_fact : int -> int = <fun>
# f := funny_fact;;
- : unit = ()
# funny_fact 5;;
- : int = 120
Exercise 4
参照を使って階乗関数を定義してみよう....部分を埋めよ.
let fact_imp n =
let i = ref n and res = ref 1 in
while (...) do
...;
i := !i - 1
done;
...;;
Exercise 5
階乗関数 fact を負の引数に対して Invalid_argument を発生させるよう
に改良せよ.
Exercise 6 7.1.4
節で述べた恒等関数への参照の例を実際にインタラクティブ・コンパイラで
試し,テキストに書いた挙動との違い,特に,参照の型を説明し,どのようにして
true に 1 を足すような事態の発生が防がれているか説明せよ.
Exercise 7 上でみたオブジェクト指向風プログラミングの延長で継承などを表現してみよ
うと思う.以下は色を表す型と色付き点オブジェクトのインターフェースであ
る.
# type color = Blue | Red | Green | White;;
type color = Blue | Red | Green | White
# type cpointI = {cget: unit -> int;
# cset: int -> unit;
# cinc: unit->unit;
# getcolor: unit-> color};;
type cpointI =
cget : unit -> int;
cset : int -> unit;
cinc : unit -> unit;
getcolor : unit -> color;
色付き点オブジェクトは座標に加え,色を状態としてもつとする.
また,cget, cinc は pointC のメソッドを継承し,
cset は座標のセットとともに色を白にセットするように実装したい.
以下がその試みである.
# let cpointC x col=
# let super = pointC x in
# let rec this =
# {cget= super.get;
# cset= (fun x -> super.set x; col := White);
# cinc= super.inc;
# getcolor = (fun () -> !col)} in
# this;;
val cpointC : int ref -> color ref -> cpointI = <fun>
# let new_cpoint x col = cpointC (ref x) (ref col);;
val new_cpoint : int -> color -> cpointI = <fun>
しかし,この実装はうまく働かない.
# let cp = new_cpoint 0 Red;;
val cp : cpointI =
cget = <fun>; cset = <fun>; cinc = <fun>; getcolor = <fun>
# cp.cinc();;
- : unit = ()
# cp.cget();;
- : int = 1
# cp.getcolor();;
- : color = Red
cinc 中では,座標をセットするので色は白になっていてほしいのに
元のままである.この理由をプログラムの挙動とともに説明し,
うまく cinc が作動するようにプログラムを書き換えよ.ただし,
継承を模倣したいので,同じことをするメソッドに相当する
関数は一度書くだけで(上の super.get のような形で)再利用すること.
(ヒント: pointC の定義を以下のように変更する.)
# let pointC x this () =
# {get= (fun () -> !x);
# set= (fun newx -> x:=newx);
# inc= (fun () -> (this ()).set ((this ()).get () + 1))};;
val pointC : int ref -> (unit -> pointI) -> unit -> pointI = <fun>
# let new_point x =
# let x = ref x in
# let rec this () = pointC x this () in
# this ();;
val new_point : int -> pointI = <fun>
Exercise 8 以下の関数 change は,お金を「くずす」関数である.
# let rec change = function
# (_, 0) -> []
# | ((c :: rest) as coins, total) ->
# if c > total then change (rest, total)
# else c :: change (coins, total - c);;
Warning: this pattern-matching is not exhaustive.
Here is an example of a value that is not matched:
([], 1)
.................function
(_, 0) -> []
| ((c :: rest) as coins, total) ->
if c > total then change (rest, total)
else c :: change (coins, total - c)..
val change : int list * int -> int list = <fun>
与えられた(降順にならんだ)通貨のリスト coins と合計金額 total から
コインのリストを返す.
# let us_coins = [25; 10; 5; 1]
# and gb_coins = [50; 20; 10; 5; 2; 1];;
val us_coins : int list = [25; 10; 5; 1]
val gb_coins : int list = [50; 20; 10; 5; 2; 1]
# change (gb_coins, 43);;
- : int list = [20; 20; 2; 1]
# change (us_coins, 43);;
- : int list = [25; 10; 5; 1; 1; 1]
しかし,この定義は先頭にあるコインをできる限り使おうとするため,
可能なコインの組合わせがあるときにでも失敗してしまうことがある.
# change ([5; 2], 16);;
Exception: Match_failure ("", 201, 17).
これを,例外処理を用いて解がある場合には出力するようにしたい.
以下のプログラムの,2個所の ... 部分を埋め,プログラムの説明を行え.
let rec change = function
(_, 0) -> []
| ((c :: rest) as coins, total) ->
if c > total then change (rest, total)
else
(try
c :: change (coins, total - c)
with Failure "change" -> ...)
| _ -> ...;;
Exercise 9 print_int 関数を stdout, output_string などを用いて定義せよ.
Exercise 10
二つのファイル名を引数にとって,片方のファイルの内容を
もう片方にコピーする関数 cp を定義せよ.とくに一度開いた
ファイルは最後に閉じることを忘れないように.
- 1
- Objective Caml
のオブジェクト
はレコードではないので,そのような制限はもちろんない